生きづらいすべての人に捧ぐ

大きな衝撃が走った

そこには共感と憧れと才能と尊敬が入り混じっていて

本当におこがましいけど

似ていると思ってしまった

その人は「こんびにこ」という名前のユーチューバーでもあり
「わたらい」という名前の映像や絵描きでもあり

サラリーマンでもありながら自分で商品なども販売する、
マルチに活躍するクリエイターだ。

旅もしているかと思えば、作家的要素もあり

ネットで活躍する、才能の塊みたいな人で。

これだけできることが多いにも関わらず、

鬱持ちで繊細でアル中でADHDで弱さと強さを両極端に持っているような、

常に目を離せないというか

その足取りや表現を追ってしまう、そんな魅力を持っている。

私もすごく似たようなところを持っていて

例えば鬱になりやすいところやADHDやHSPとか(ググってくれ)

でもそれを隠して生きてきた。

というか恥ずかしくて出せなくて強いふりをしていたに近い。

向上思考で目標達成型でもあるからその時の熱量や

行動力が異常なまでにあるけれど

その行きすぎた行動や思考が自分を追い込み、苦しめ、

体を壊し、周りにまで迷惑をかける、

そうやって生きてきた

それでも今までは平気なフリをして

偽りでも本当の自分でもない境界線にいる、

細く小さな自分を大きく見せてきたように思う

自分に対する劣等感や自信のなさから

常に「もっと頑張れよ」って声が見えないところで聞こえているようで

そんな頑張れるような度量や力なんてないのに

どこか限界を超えてしまったりする

人に会わないようになったのはこの1年くらいで

理由は好かれたいがためにたくさんの人に会い、

相手にとってメリットのある自分でいて、必要とされることに

承認欲求を満たしてきたせいで疲弊したから。

それだけ人に会うのに合わない人に会うと会った後に

疲れが出てきて頭痛がし、そのあとはひどい眠気に襲われて

全てが嫌になる。

特に会った相手が自分よりも自尊心が高く、

いわゆる「できる人」だったりするとその人の当たり前やその人の発言が

自分の世界の当たり前ルールとしてなぜか定められて

自分はダメだ、という風に自分を自分で罰して行く、それも無意識に。

気づけば、体から取れない倦怠感と自分への劣等感や否定し続ける言葉で

むしばまれ、辛くなる。

そして、ひとと会うことが嫌になる。

でも、そんな自分を肯定してくれる言葉が欲しいから

また誰かにあい、たびたび好きでもない男にくたびれて弱った体を差し出すのだ

誰が見たってそんなことは無意味で無駄なことだと分かっているのに

何度も繰り返してしまっていた

これが負のループで、

また今日も何か欠けてしまった、

失ってしまったと不足感で空っぽになった自分を責める。

そんな生活とともに生きていきた私にとって

人に会わないということは

認められることを辞める、求められることを辞めることを意図する

一人で過ごす時間というのは

誰にも気を使うことなく、言葉や誰かの顔色で一喜一憂することもなく

淡々としていて気分の浮き沈みのない、

時間の流れがない世界

誰かと比べることも、嫉妬することもない。

夕日が音もなく落ちて行くような、

ただそこにある地平線を見ているようような、そんな世界に似ている

でも、私は弱いから、さみしがりやだから

リアルで人に会わなくともネット上で誰かに自分はここにいるということを

知られたいと思ってしまう

どこかで残っていたい、どこかで頭の片隅にいる人でありたいと

常日頃思うようになり

かたっぱしからSNSを動かすようになった

でも、このSNSでさえもあの頃もらっていたイイねはゼロに等しく

もらったコメントや評価に対しても疑心暗鬼で思ってないだろとか卑屈になる

このフォロワーの数はなんだとか、無意味だなとか

数を指標に人を見るようになって、

ただ自分が認められたいがためのものに全てがなりつつあった

そんなときに、文頭に戻るけれど

衝撃が走った。

ああ、この人とは作品のクオリティや数や規模なんて全然違うけど

性質が同じ人だ、同じ部類に属する人だと。

劣化版であれ、自分がその人に対して共感できる部分が文章の半分以上を占めることに

とても、満足感を得たと同時に涙が出た。

生きづらさは、こんなにすごい人にだってあるのか。

私なんて比べれるような悩みじゃないけど

こんなに尊くて命を最大限に人の記憶に残す人でも

何かをやめたくなったり、それで人の反応を気にしたりするのか、と。

いてもたってもいられなくなって

自分も文章を思うがままに書き綴っている

決してうまい文章じゃないし

むしろ見づらくてわかりづらいけれど

その私が今感じている衝撃と感動の微妙なニュアンスを見てくれている人に

伝わって

あわよくばそれで同じように感じていた人が

この文章を見て衝撃が走り、少し救われたらいいのに

なんて思って書いている

できれば人の言葉や評価に囚われず

自分がいいと思うもの、この心の奥の強い芯みたいなところで生み出した何かで

目の前の人を昨日より少しハッピーにしたい

いつも何処かで目立ちたいとか多くの数を求めてしまうけれど

それも自分だと許して受け入れてあげたい

久々に勝手に手が動いて文章をノンストップでかけた

嬉しい。

何か私にとっても、

君にとっても、これからの選択がよりよくなりますように。

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