気づけば誰かが引いたレールの上を歩いて、

会いたい人に会う時間も削って
自由にぼーっとする時間もなくして
考える時間もないくらい働いた


で、やっぱり思う。


「もっとゆっくりした生活したい・・・らしくない!!」


海外ももっと行きたいし、
1週間くらい海が近くにあるところでぼーっとして


音楽ききながら本読んで
映画みたり散歩したり


美術館いってアートに触れたり
ホテルのラウンジでパソコンたたいたり、、、


心に余裕がなさすぎて
日々の忙しさに追われて


自分不在の自分と生きてるかんじ


千と千尋の千が働きすぎて自分の名前を忘れそうになるみたいに
私も自分がだれだったかわからなくなる時がある



気づけば誰かが引いたレールの上を歩いてたり
SNSに上がってくる写真を羨ましく思ったり


他人の感情と自分の感情が混ざっちゃって
同調してるのか自分の意見なのかわからなくなったり


あれ、私なに思ってるんや?
今どう感じた?
なんかイライラしたけどこれって私の感情?目の前の人の感情?


みたいな、
ふと立ち止まって「わからん!わからんぞ〜〜〜!」ってゆうのが増えた


で、今日。
人との関わりと仕事をシャットダウンして
スタバのソイラテを飲みながらパソコンをたたいてる。


どーでもいい、誰得みたいな記事を久々の投稿にすることにさえ
ちょっと嫌気がさすけど
すこしずつ文章を書いていきたいとおもう。


ーーーーー


いろんなことを振り返って
「今」やりたいことをやろうって思った。
長期的に「できたらいいな」を作るのは私には合ってない


変わりつづける私だからこそ
短期的にやりたいことに没頭しようと。


今までは正直「お金」に縛られていた気がする


19歳、無一文で描いた夢は


・綺麗で広い部屋に住む
・月100万稼いでる
・海外に行く
・会社を作る
・毎週サロンに行く



みたいな、
手に届かないものを夢みて必死で働いてきた。
でも結局全部できちゃうとこんなもんか〜ってかんじ。



家がない時は外の公園のベンチでなんにもできなくて悔しいって泣きながら
100円のおりぎりをむさぼった


当時を振り返ると尋常じゃないほどの努力量だったようにおもう



でも、忘れちゃうんだよな、その努力を。


いつのまにか立場も変わって
言いたいことも言いづらくなって


勝手に虚像を作られたりして
頼られることも増えて「できる人」みたいに思われるようになって


善意をうまいように使われたりすることも多くなって


本音で語り合える人も少なくなった



努力のおかげで舞台で登壇できる人になれたけど
心はなにも変わってないから落ち込むことも多い。


19歳だった私からすると
憧れの存在になってるはずなのに


もっともっとって思ってしまってる私、
ある意味中毒だよな〜って。




今あるものに気づかないとね。
感謝しないとね。





好きなこと、増やしていこう
自分のレールを引いていこう


書いてもすぐ消しちゃうノート。
もう少しためていきたいもんですね。

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