宝探しをしようか。

私が永遠の眠りについたと同時に

記憶の奥底に宝物が眠っていたらしい

長い間眠っていたせいから

宝物の存在があったことさえ忘れていた。

その宝箱を開いたのは

ある人が書いた手紙と言う名の地図と

大切な人たちだった。

そんな話をしてみようかとおもう。

 

 

昔から家族の定義に疑問を感じていた。

子供の時に描く友達の家族の絵には、

お父さんとお母さんが並んでいた。

でも、私は『家族』というタイトルで絵を描くのが嫌いだった。

みんなが知ってる、

男性がもってる独特なあたたかさを

家庭からは感じたことがなかった

だから、私の絵だけ

少し冷たい空気が流れてるような気がして。

みんなと一緒に並べられたくなかった。

でも、絵は描くのも見るのもすきだった。

私は現在ジャグアアートという

アートのジャンルで仕事をしている。

実は、始めた当時はジャグアを仕事にするつもりはなく

なにかをもらったときのお礼として

提供するものだった。

それが本来の私の仕事(ジャグアアート)の

役割だったことを昨日思い出した

今は昔と違って

お金はそれなりにある

挑戦はしたいときにできる

家もある

好きな時に好きなことができる

時間もできた

理想を追い求めてここまでこれた

色んなものを手に入れることができた

なのに

なぜか理想に近づくにつれて

何か忘れてるような、

何か失ってる感覚に見舞われるようになった

でも何を忘れてるかもわからない。

忘れん坊な私は大切なことをよく忘れる

忘れて、探して、

ないことに不安を覚えて

時には何を忘れたかさえも忘れてしまう

それをごまかすために

また別のもので補っては

何かを失くしていた。

でも時々見つかることもある

その見つかった時の湧き上がる感情は

初めてみつけたときよりも

より一層愛を感じる

そして、

それが大切なものだったことに気づく

 

 

昨日は久しぶりに仕事で名古屋にいった

ある人のブログを読みながら

しみじみ、色んな感情と。

彼のもってる家族はどんなにあったかいんだろう

あたたかさってどんなだろう

家族って宝物なんだろーなー

そんなことを思いながら

夜、初めて会ったお客さんの

おうちに行った

初めてなのに、お邪魔しますじゃなくて

ただいまーーって言ったら

おかえりーーって返ってきた

昔は学校から帰っても

今は仕事から帰っても

ただいまって言ってだれかから返ってくることはない。

あたたかかった。

これが家族なのかなーなんておもいながら

部屋に入ると、ご飯を作ってくれていた。

なんとなく、私はそのキッチンに入ることに躊躇して少し離れて見てることにした

いつのまにか居心地がよくて

寝てしまっていた。

 

『ご飯、できたよ。』

聞き慣れない言葉で目が覚めた。

横に目をやると

机には愛が溢れた料理が並んでいた。

美味しかった

初めて会ったと思えない

無償の愛。

涙をこらえることに必死だった。

 

19歳で家がなくなった時のことがふと蘇る。

泊まらせてくれる優しい人たちが

ご飯を出してくれる。

いっぱい泣いたなぁ。

色んな人の家で涙を拭ったことは

まだ記憶にあったらしい。

ご飯を食べた後、

私はお礼にジャグアをしてあげて

彼女たちから笑顔をもらった。

 

そのあと、

私は彼のブログに再び浸った。

彼もこういうあたたかさをつくってるんだなぁ。

幸せなんだろうなぁ。

何度も何度も読み返していると

いつのまにか部屋は真っ暗、

みんなは眠りについていた

彼がくれる時間はいつも過ぎるのが早い

夜中1時を過ぎたとき

ラインがきた。

この家族の優しさにもっとも強く触れた日だった。

返事返さなくてごめん、でもありがとう。

 

 

朝起きると

だれもいなかった。

あぁ、懐かしい。

いやこれが日常だったな。

少しずつ現実に引き返される。

ぼーっとして、いつも通り二度寝して

そろそろ起きようかと

リビングにいくと机にはこれがあった。

どこまでも優しい。

家族ってこれがあるから家族なんだろうなって思った

朝、だれかがつくったものを食べるのはいつぶりだろう

中学生の時からお弁当は自分で作っていた。

そう思うと、

人が握ったおにぎりなんて

小学校の運動会ぶりだった

そんなことを思いながら

慣れない手付きで

おにぎりを食べた。

涙が溢れて止まらなかった。

冷たいおにぎりがこんなにあたたかく感じるのは初めてだった。

自分の涙で少ししょっぱかったけど

最高の贅沢だった。

わたしはこのメッセージのとなりに

お礼をかきたかったけど

やっぱりなんだかおこがましくなって

別の紙にお礼を添えた。

『名古屋の家族』って呼んでいいですか?

 

 

いつのまにか仕事になってた、

私のジャグアアート。

ジャグアで出会った人がこの世に

何千人もいる。

アーティストじゃないと思っていたあの時の私は今眠りについた。

そして

アーティストとして戻ってきた私が、

今ここにいる。

名古屋の家族とある人からの手紙で

記憶の底に眠った宝箱は開かれた。

宝探しはまだ続くだろう。

次はどこにいこうか、

家族と手紙と共に。

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