走り過ぎると走る理由がわからなくなることもある

たくさんの義務から逃げるために
世の中の当たり前に埋もれないように
違和感を感じた時のその小さな感情を忘れないために

がむしゃらに走って動いて
いっぱい失敗して泣きながら前進してきた今、

思うこと。

どこに向かっていたんだっけ。

小学校、中学校、高校
学校だけでも義務教育といわれるくらいだから義務がたくさんあった

この義務から逃げるために走ってきたけど
義務がすべてなくなった今、
なにをしたいんだろうと。

義務に動かされていたことを知った。
走る必要も逃げる必要もなくなったことを知った。

私が義務以外で掻き立たされるものはなんなんだろう
きっとそれが世にいう「使命」とか「宿命」なんだと思う

私が私のためだけでなく
ひとに与えられる、役に立つことはなんなんだろう。

そう思いながら、人の才能を羨ましく感じたりすることがある。

普段よく外にでる私が一切外に出ない時期があった
何もしていない自分
何もできない自分
自尊心が低い自分

自分と向き合えば向き合うほどわからない

何が大切なのか
何をしたいのか
何が楽しいのか。

見せること、
魅せることに全力を出してきてしまった私は
私らしくいるその私が誰なのかわからなくなった

一番一緒にいる私が
自分のことを理解してあげれていないのは
かわいそうなことだ

ブログは見せるものだと思っていたけど
これからは本当の自分を乗せていこうと思う

もう、嫌われてもいい。
多分きっと、そういうことだ

本当の自分をだしてあげよう。

親愛なる私へ

スタートはこれからだ。

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